家族を亡くして、寂しい時間は話し相手になります

2020/03/09 ブログ

家族の義母👵が亡くなりました。

ブログに度々登場した👵です。

認知症→病院→転院→死

もう、いつ亡くなっても覚悟して下さい。と医師から宣告を何回も受けたのですが、強い生命力で生き続けている義母👵なので、今回も2時間前にも医師から言われても、またか・・・と思い、仕事に向かった。仕事場に到着する前にたまたま、携帯とラインを見たら、横浜FC大好きちゃんから、何回も連絡入っているので、もしかしたら?と思い、連絡したら、👵亡くなったと。

私と連絡着かないので、仕事場に連絡したと。じゃあ、皆が知っているのね。仕事先に入ると、どんな風に私に接して良いのか?わからない表情ばかりでした。(まあ、いいけど・・・)

では、病院🏥に行きます。暫く休みます。また、お通夜・告別式が有りますので連絡します。と言って病院🏥に向かった。

家🏠に戻り、病院に向かう時は夕方ですが雨🌂が降りそうでした。

こういう時って暗いもんだ。病院🏥に到着すると、顎にタオルを巻いていた。死後硬直が始まる前に口を閉じる為です。組んだ手の指があんなに細かったのに、膨れていました。その後、葬儀屋さんに連絡して、病院🏥を出ました。雨が凄かった。😢涙雨☔️。遺体はホームへ私は家🏠に帰ってから、横浜FC大好きちゃんを待つ。

葬儀屋さんに二人で行った。今後のスケジュールについて話があった。一番、びっくりしたのは、葬儀とはこんなに金額が掛るとは?

戒名だけでも60万。えっ!でも、和尚さんはとても良い戒名を付けて下さいました。義母👵は極楽浄土に行かれます。

数年前から葬儀費用だけは相続人が銀行に交渉すると、降ろせるそうです。義母👵の通帳から降ろせました。良かった‼️

ホールでは、おくりびと(納棺師)さんが死化粧をして下さった。とても義母👵は綺麗でした。昔は綺麗な方だったのだろう。93歳とは思えない。私は母親の時は私が死化粧をした。大好きな母親なので、平気でしたが、知らない方の死化粧は出来ない。凄い職業だと思います。

何か訳分からずの一日でした。

翌日、家🏠の神棚を和紙で覆い、お仏壇の中迄綺麗にして家🏠の掃除をしました。東京田原町の仏壇屋さん迄行き、足りない物を購入。仏壇屋さんの方から、家🏠の仏壇は閉めると聞いてネットで調べたら違うみたいで葬儀屋さんに聞きました。家🏠のお仏壇は閉めなくて良いとの事です。お位牌も東京田原町のお店では5,6万~10万が普通と。でも。葬儀屋さんが3万位で手配してくれました。この業界の相場はわからない🤷。

93歳になると友達も居ないし、最期の何年間は近所の方ともあまり交流も無いし、勤務している訳でも無いし、親戚も東北なので、年寄りは東京迄来る事出来ずで、お通夜・告別式併せて20名にもならなかった。

四ツ木の火葬場は東京では一番綺麗で大きいです。あっという間に火葬され、待合室もホテル並み。

家族3名で御見送りしている方もいらっしゃいましたが、棺に抱き着いて大声を出している方もいらっしゃいました。人生のはかなさに何と言っていいのでしょうか?

泊まっていた孫達も帰り、私は現在、49日の納骨迄、毎朝👵さんが好きだったコーヒーとお茶とパンと卵などを義母👵にお供えしています。

先祖の皆様と共に極楽浄土にと・・・

ここで学んだ事。お金をある程度残さないと残された遺族に申し訳ない。お金が無ければ死ぬ事が出来ないのです。

着実に死に向かって生きている私はお金💴を貯めなくてはと思いました。皆様も貯めて下さい。CMで二桁で大丈夫と言っていますが、足りません‼️

ココカル話し相手相談室は家族の方を亡くされて、悲痛な方の心の話し相手になります。お電話下さいませ。